前編
後編
【前編】
<川柳の歴史>
現在、私たちが受け継いでいる「川柳」という文芸名は、明治以降に固定したものですが、その元となったのが、柄井(からい)八右衛門(はちえもん)という人の俳名「川柳」で、その名が世に現れてから、今年でちょうど250年になります。
<川柳の形式>
川柳は、俳句と同じ「五・七・五」の韻律をもつ合計十七音の定型詩です。
また、季語や切れ字の使用といった制約をもたず、表現も話し言葉(口語)であることが一般的です。
<内容>
俳諧の「発句」を出発とする俳句は、季語をもち自然の中にニンゲンを見出す視点が普通ですが、川柳は、江戸という「軒から月が出る」都市文化を出発点とするため、自然よりも人事を中心に読んできました。世態や人情の機微を描き出すことは、川柳の得意とするところです。中でも、「男と女」という人間社会における根本的テーマは、川柳にとって多くの名作を生み出す原点でもありました。特に、戦後の女流作家の台頭により、男女間の赤裸々な思いを作品化する視点が加わり、川柳の視野も大きく広がりました。
江戸期にも「破礼句(ばれく)」と称してSEXをモチーフとした作品もありました。
こればかりが取り沙汰されることにより、一時期には川柳という文芸の品位が誤解されましたが、人事を対象とする川柳のテーマとして、捨ててしまうことのできない重要なものです。
<「男と女」を読んだ川柳>
江戸期から、読み継がれてきた川柳の中で、「男と女」をテーマとした句を見てみましょう。
よしねいと前を合るおちやつひい 【明和元義5】
(「よしねえ」と前を合わせるおちゃっぴい)
というのは、いたずらで男に裾を捲られた娘が「よしねえ!」と啖呵をきったその瞬間を読んだもの。おちゃっぴいは、言動がおしとやかでない娘のこと。ここでは、いたずらを仕掛けた男と娘の間には、悪戯ができる程度の距離でしかない。
ところが、男女の距離がぐっと近づくと、同じいたずらにも対応が異なります。
よしなよとほちほちとするひぢでつき 【安永四鶴1】
(「よしなよ」とほちほちとする肘で突き)
人前を憚り、ほちほち(=小声で囁くさま)と肘で突いて悪戯を止めさせようとする。ここまでくると、「出来ている」男女であろう。
さらに、完全に心まで一体化した男女間では、もっと堂々と生きている。
その手代その下女昼ハ物いわず 【宝暦十二仁2】
(その手代その下女昼はもの言わず)
誰はばかることなく、昼間は何の兆しも見せないこのふたりは、夜には相思相愛の関係であることをこの句は穿っている。
このように、川柳は男女関係のプライベートな側面も決して見逃さず描き出してきました。ニンゲンという存在の面白さは、こんなところに昔も変わらないというところでしょうか。
後編では、250年の歴史を持つ川柳の中からさらに「男と女」をテーマに詠まれた句を紹介します。
【後編】
後編では、江戸期から詠み継がれてきた川柳の中で、江戸川柳と現代句から「男と女」をモチーフとした興味深い句をご紹介します。(現代かなづかいにて)
隣から戸を叩かれる新世帯(あらじょたい) 【柳多留初篇】
[先生からの一言]
江戸川柳の中でも比較的知られた句です。夜の営みがお盛んな新所帯。さぞ朝起きるのも辛かったことでしょう。「何時まで寝てんだい」と、戸を叩かれてしまうこともしばしば。この題は「勇みこそすれ勇みこそすれ」というもので、新婚夫婦の生活を穿ったものです。
家内喜多留ちいさい恋はけちらかし 【柳多留初篇】
[先生からの一言]
家内喜多留(やなぎだる)は結納の時に使われる角の付いた樽酒。良い所との縁が決まって、それまでの小さな恋愛ゴッコはご破算。
題は「果報なりけり果報なりけり」であり、いかにも良縁であることが窺えます。
かんざしも逆手に持てばおそろしい 【柳多留二篇】
[先生からの一言]
女性の髪を美しく飾る簪。見ている分には女性同様麗しい。
ところが、いざ何か事ある時、その持ち方を変えただけで簪が凶器にもなります。女心は男にとって判りませんが、感情を顕わにした際の女性は、簪と同じように美しい面と恐い面という二面性を持ちます。
簪の持ち方ひとつを描くことで、女性の感情まで踏み込んだこの古川柳は、川柳の白眉なのでしょう。
相性は聞きたし年はかくしたし 【柳多留六篇】
[先生からの一言]
男女の相性が干支(えと)にあることが信じられたり、今日でも血液型や星座など身近な占いものが幅を利かせたりしています。相手の干支は聞きたいが、そのためには自分の干支にも触れることになり、年がばれる。女心の揺れ動きを感じる。
題は「様々なこと様々なこと」です。
添え乳して棚にいわしがござりやす 【柳多留十四篇】
[先生からの一言]
まだ乳飲み子が出来たばかりの若夫婦。亭主が仕事から帰ってくると、半分眠りかけた赤ちゃんに乳を含ませて動けない奥さんが、「棚に鰯がございます、さきに一杯やっててくださいな」という風景。
情景と会話だけで、ふたりの男女の関係と情愛が見事に描かれています。
拭はるる涙をもって逢ひに行く 【三笠しづ子】
[先生からの一言]
明治の代表的女流作家。美貌でも有名でした。
男がまだ頼もしい時代の男女関係で、慰められるべき涙を伴って逢いに行くという、女心を描いたものです。
子にあたふ乳房にあらず女なり 【林ふじを】
[先生からの一言]
戦後になると、女性も男と対等の存在感がでてきました。
林ふじをは、母としての自己だけではなく「おんな」としての自分の姿を赤裸々に描きました。もはや、男に服従するという女の姿ではなく、真の性(さが)に気づいた女が川柳にも現れています。
仮面どっと崩るるや相抱く 【中村冨二】
[先生からの一言]
日常は、誰でも仮面で生きています。社員という仮面、お父さんという仮面、お母さんという仮面…など、それぞれが演じる人生は
表向きのもの。その仮面が崩れるとき、男女は真の心をもってひとつになることができます。冨二は、仮面という比喩によりそれを暴きます。
愛咬やはるかはるかにさくら散る 【時実新子】
[先生からの一言]
男女の触れ合いにおいて、愛咬という痛みを伴う交情により、心の底の奥深くで、大切にしてきた桜が散っていくイメージとして
視覚的に描き出した女の情念は、川柳に新しい表現をもたらしました。
逢う愛す憎む別れる風の中 【尾藤三柳】
[先生からの一言]
男女の「逢う」「愛す」「憎む」「別れる」という関係を並べただけの句ですが、それを風の中に見たとき、無常観が描かれます。
新子の内なる情念とは逆に、客観的視点から男女を描いた川柳です。
髪撫でられて沼に雨降り止まず 【松本佐知子】
[先生からの一言]
沼は女体の象徴であり、男に髪を撫でられるという行為によって降り止まなくなってしまった体と、その裏側に女のココロを表現したもの。やや、生な性描写のように思われるかもしれませんが、その裏側に感情が読取れることが、それを克服しています。
しゃれこうべ軋む絶頂感の中 【桑野晶子】
[先生からの一言]
現代川柳における性描写のひとつ。単に性交という生々しい行為を描くのではなく、しゃれこうべが音を立てて軋むというメタファ(比喩)によって、さらに男女の感覚的イメージまで描き出しています。
これは、単なる卑猥な句とは区別されます。